ショートショートバトル 5KBのゴングショー第122戦勝者

「老婆と弓矢」

yas


「ねえ坊や。誰か殺したい奴はいないかい?」
夜中に古い城の石垣の上を散歩していた高校2年生の田中春男に声をかけて来たのは、腰の曲がったモンペ姿の老婆だった。
夜中と言っても月も出ているし、多少の街灯もある。うすぼんやりと映し出された老婆の顔は、笑うとしわだらけで、大きな前歯が2本突き出ていて、やたらと鼻が高かった。
「殺したい奴・・いるだろ?あんたが気に入ったから、この弓矢をあげる。」
老婆は春男に一本の矢と弓をくれた。弓は普通の和弓だが、矢のほうは矢じりが白い小さな石のような材質だった。

「殺したい奴もいないことはないけど・・これで撃って殺せっていうの?すぐ警察に捕まっちゃうよ。」
「ところがねえ。この弓矢は便利なんだよ。あたしがこしらえたものだがねえ。普通と使い方が違うんだ。殺したい奴を頭に念じて空に向けて矢を放つのさ。そしたら、あーら不思議・・
そいつはこの世から消えちまうんだ。完全犯罪が出来るんだよ。」
「へえー。じゃあ、一応もらっとくよ。」
春男は老婆から弓矢を受け取った。
頭のおかしい老婆の話し相手になってやった・・・そんな軽い気持ちだった。彼は自宅に帰る途中、そんな軽い気持ちのまま空に向けて矢を放った。
「殺したい奴・・・とりあえず、今の担任のゴリライモかな?あいつウゼェからな。」

次の日、田中春男の高校にその担任は現れなかった。
「おい、ゴリライモはどうしたんだよ?病気かなんかか?」春男はクラスメートに聞いて回った。
「ゴリライモ?誰だよそれ?」クラスメートも部活の仲間も不思議そうに春男に答える。
「なにいってんの?うちの担任はコロ助じゃないか。訳分かんない事いうなよ、田中!」
不思議な事に、学校でゴリライモの事を憶えているものは春男以外一人もいなかった。

あの婆さんの言った事は本当だったのだ・・・
殺したい奴を殺せて、しかも完全犯罪。なるほど、その人に関する周りの人々の記憶も消してしまえる。
それならば捕まるはずがない。あれは魔法の弓矢なのだ。
「しかし、弓は持ってるが矢はもうないぞ・・もっと考えて使えばよかった。」
意気消沈して暗がりを帰宅する春男の前に再び老婆が現れた。
「ひひひひ。信じたかい?あんたが気に入ったからもう一本矢をあげる。今度は大事に使いな。」
春男に弓を手渡した老婆は、大きな一本しか生えていない前歯をむき出しにして笑った。

「おい、春男。本当なのかよ!その弓矢を俺に貸せ!」
その夜、家で春男は、兄に老婆と弓矢の事を喋ってしまった。彼の兄は高校3年生で、ボクシングジムに通いプロボクサーを目指している。気弱な春男はいつも暴力的な性格の兄のいいなりだった。
「お兄ちゃん、一本しか矢がないんだ!返してくれよ。」
「うるせえぞ!」
兄は春男を殴りつけて弓矢を持ち、家を出て行った。次の日、春男の兄のボクシングジムでボクサーが一人この世から消えた。ベテランのプロボクサーで兄が頭の上がらない人間だった。担任の時と同じように、そのボクサーを憶えているものは、春男の兄以外にはいなかった。
「おい、春男!そのババアを探してもっと一杯矢をもらってこい!一本じゃ足りねえぞ!」
嫌がる春男を兄は何度も殴りつけ言う事を聞かそうとする。この時、春男は兄を本気で殺したくなっていた。

春男は満月の夜、古い城の天守閣前の石垣の上で空に向かって弓を振り絞った。
「あの野郎・・・本当に殺してやる・・・」
あの野郎とは彼の兄の事だ。殺意を持ったのは昨日今日の事ではないのかもしれない。子供の頃からそうだった。いつも自分は兄にいじめられていた。気に入っていた彼のフィギュアを壊したのも兄だ。左手に残るタバコの火傷の痕も兄の仕業だ。

矢はさっき、またまた突然現れた婆さんにもらった。最初に矢をもらったこの場所でだ。
婆さんは歯の生えてない歯茎をむき出しにして笑いながら彼に言った。
「もう矢はこれで最後なんだよ。もう、どうやってもその矢は作れないからね。」
「ありがとう、お婆さん。一本あればいいんだ!」

春男は弓を振り絞る。力一杯、弓のたわむ限界まで憎しみを込めて振り絞った。
そして手を離す。矢は一直線に夜空を飛び、空間を引き裂いて消えていく。矢が消えた瞬間、春男はつぶやいた。「あれ?」それが春男の最後の言葉だった。

ガラガラガラ・・・。夜の闇の中、弓が石垣から落ちるだけ音が響く。
満月に照らされていた春男の影を見る事はもう出来なかった。確かにそこに立っていた春男の身体は消えてしまい、彼の事を憶えている人間も、もはやいない。
田中春男と言う人間は、この夜、世の中から完全に消えてしまっていたのだ。

「ああ、ああ。やっちまったねえ。あたしが一言付け加えてればよかったんだろうけどねえ・・
あの矢は殺したい相手の20年前に突き刺さるんだよ。
20年前にその相手は死んでいる訳さ。だから弓矢を持った人間以外誰も憶えちゃいないのさ。
あんたが殺したかった相手はお兄さんか・・二十歳未満かい?だったら、まだタネにもなっちゃいないね・・。
そしたら、矢はあんたの20年前の父親か母親に刺さってるんだろうねえ。どっちに刺さってるかは、あたしにも分からないけどさぁ。もう2年ほど待てば良かったのにねえ。肉親殺す時は気をつけるんだよ。
・・って言ってももう聞こえないよねえ・・」
老婆は石垣の下に落ちた弓を拾いながら田中春男が立っていた場所に向かってつぶやいた。

作者のサイト:http://yaskozima.hp.infoseek.co.jp/index.html

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