ショートショートバトル 5KBのゴングショー第12戦勝者

「Faint - Style'98 -」

Qwerty

毎日が同じに見える。変化のない日々、変化のない街。だから、朝のラッシュ
なんて大嫌いだった。どこの誰だか知らない連中にもみくちゃにされながら、
いつもと変わらない朝を実感する事になる。

 ほら、また同じ1日が始まる。

こんな思いをしなけりゃならないのも、いつもより1本遅い電車だからだ。寝
坊なんてするもんじゃない。そう思いながらため息をついた。

そんな時、ふいに電車がガクンと揺れた。考え事の最中で油断していた僕は、
近くの人に思いっきりヘッドバッドをかましてしまった。鈍い衝撃が頭の中に
はしる。

「いったいなぁ〜」
「あ、ご…ごめん」
「ごめんじゃないでしょ〜。誤って済むなら警察は…」

女の声が止まった。僕は額を押さえていた手を取ると、ヘッドバッドをした相
手を見下ろした。どこかで見た事がある顔…誰だったけ……

「ねぇ、ひょっとして…倉田?」
「へ……ああっ、西野かっ」

僕は思わず大きな声をあげた。ぶつかった相手は、同じクラスの女の子だった。
ドラマなんかでよくあるパターンだ。僕はいつも、そんなものは笑い飛ばして
いたけど、まさか自分が遭遇するはめになるとは思いもしなかった。

「ちょっと、大きな声出さないでよ。恥ずかしいなぁ〜もぉ」
「ああ、わりぃ」
「でもさ、倉田って、いつもこの電車だっけ?」
「いや、寝坊しちゃってさ…」

そう言いかけて、即座に後悔をした。そんな事正直に言っても馬鹿にされるだ
けだ。そんな僕の心を知ってか知らずか、西野は笑みを浮かべながら呟いた。

「だっせ〜なぁ」
「う、うるせぇな。お前はどうなんだよ、こんなギリギリの電車に乗ってるん
 だから、どーせ寝坊だろ」
「あんたにゃ言われたくないね…」

くそ…返す言葉もない……。西野はちらりと、クリアグリーンの腕時計を見て
言った。

「窓の外見てれば、すぐに分かるよ」

どうせ吊り広告ぐらいしか見る物もない車内だ。僕は言われた通りに窓の外を
見た。いつもと変わらない風景が続く。見飽きた風景だ。こんな風景がなんだ
というのだろう?

そんなに長くないトンネルを抜けた時だった。僕の目の前に、今までに見た事
もないような、美しい景色が広がった。僕は言葉を失った。この場所は、そん
なにパッとした景色じゃなかったはずなのに…。朝日を浴びたビルが光を反射
し、反射された光をまた別のビルが輝かせる。そんな複雑な連鎖が、普段と異
なる風景を浮かび上がらせていた。

「ここさぁ。この時間帯に見るのが、一番綺麗なんだ」

西野は買ってもらったばかりのおもちゃを、他人に自慢する子供のような笑顔
で僕に言った。駅に到着し、人の波に巻き込まれながら改札口を通り抜ける時、
僕は呟いた。

「やっぱ、あいつばかだ…」



それから少したった日曜日、僕は特に用事もなく街を歩いていた。長い立ち読
みで本屋から追い出され、家に帰ろうとしたときに歩道橋の上で見覚えのある
人影が見えた。

西野?まるで別人のような顔。あいつ、あんな顔していたっけ?
まさか…

僕は自分でも気づかないうちに歩道橋を駆け上がっていた。

「おいっ、西野っ!!」
「へ?どうしたの、倉田。そんな息切らせて」
「どうしたって、お前、今、飛び下りようとしてなかったか。さっきさぁ、すっ
 げ〜暗い顔してたぞ」

西野は少しポカンとしたあとで、クスクスと笑い始めた。なんだよ、人が心配
したのに…。

「そっか、そういう風に見えたんだ。私」

西野は、少し暗い声で続けた。

「ひょっとしたら、本当に飛び下りようとしてたのかもしれない」
「ば…ばかっ。死んだってなぁ。なんもいい事なんてね〜んだぞっ。それに……
 ほらっ。死んだらさぁ、あの電車の景色だって、2度と見れなくなるんだぞっ。
 それでもいいのかよっ」
「いいんだよ。ど〜せ、もう見れないんだし…」

僕はその言葉に、一瞬耳を疑った。見れない?なんで?

「転校するんだ。親父たち、離婚…するって……それでさ、ふっと思っちゃっ
 たんだ。私、いなくてもいいんじゃないかって。だって、そうでしょ。私が
 いないほうが…母さんだって、再婚しやすいし…学校だって、私がいなくな
 っても、何も変わらないよ……」

西野は泣かなかった。でも、その赤い目が、泣き続けた時間を教えてくれた。
枯れ果てた涙……

「でも、おまえが教えてくれたから、俺、あの景色を知ったんだぜ。俺は、西
 野がいてくれて…良かったって……思ってる」
「やさしいんだね。倉田」

西野は、僕をじっと見ながら、そう呟いた。

「ひょっとして…私に惚れた?」
「なっ…」

僕がどう答えていいのか分からず焦っていると、西野はいたずらっぽく笑いな
がら言った。

「じょ〜だんだよ。じょ〜だん。マジになるなよなぁ」
「あっ、あのなぁ」

笑いながら家の方向へ去ろうとする西野を、僕は思わず呼び止めた。

「あっ…あのさぁ」
「何?」
「生きてりゃさぁ…きっと、楽しい事あるから……いい事あるからっ!」

西野は何も答えなかった。ただ、いままでに見せた事のないような笑顔を僕に
見せると、ゆっくりと立ち去っていった。僕は歩道橋の上で、西野の姿が見え
なくなるまで、ずっと立っていた。



西野が転校したあとも、学校に変化はなかった。さすがに最後の日は、クラス
の連中もわいわいやっていたが、翌日から西野の名を聞く事はなかった。いつ
もと同じように退屈な変化のない毎日……

ただ変わった事と言えば、僕の列車に乗る時間……

(ここさぁ。この時間帯に見るのが、一番綺麗なんだ)

「やっぱ、あいつばかだ…」

(やさしいんだね。倉田)

「いや、ばかは俺か……」

僕は窓の外を見ながら思った。

多分、人は自分すら気付かないほど、些細な所から少しずつ変わっていくのだ
ろう。ただ、毎日があまりにも忙しすぎて、日常の変化に気付かずに生きてい
るだけ…。そして、時々立ち止まっては、自分も変わったと呟くんだ。

あれだけ嫌だったラッシュ時の混雑も、今じゃ不思議と気持ちいい……

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