ショートショートバトル 5KBのゴングショー第112戦勝者

「虹が架かったら」

あじさい

「雨が降るから、雨宿りをしよう」
 麻琴が、憎らしい程の笑顔で言った。
 
 高校の入学式。麻琴に初めて出会った。
 校門手前、短めの栗色の髪を弾ませ、漆黒の瞳であいつは言った。

「風が吹くから、目を閉じよう」
 
 次の瞬間、麻琴の言った通り風が吹いた。
穏やかではあったものの、俺の眼球へと桜吹雪を吹きかけた。
 痛がって、ひいひい暴れている俺を見て、麻琴は再び笑った。その時から、麻琴は
俺の側に寄り付くようになった。

 女友達も居るのに、わざわざ俺の所へ寄ってきて、笑った。
 麻琴は天気や風向きが予測できた。何故だかは、聞かなかった。無意味だと思った
から。
「お前、天崎といつも一緒にいるよな。できてんの?」
 友とも呼べない奴らが、俺をからかい、笑った。気にはしない。その笑顔は麻琴と
比べられないものだったから。
麻琴も気にする様子はなかった。まるで、俺の気持ちをも読んでいるようだった。

 ある日、俺は遂に尋ねた。

― 何で俺の側に居る? ―
  
 麻琴は一瞬、大きく目を見開き驚いたようだったが、すぐにあの笑顔で言った。

「居たいから、居るんだ」

 何故だか、心の奥が燃えるように熱くなって、右耳から左耳に掛けて赤くなった。
麻琴は、赤くなった俺を見て、また笑った。俺もヤケになって笑った。昔に、戻った
様に無邪気だった。

 冬が来た。俺は、風邪で学校を休んだ。38度以上の熱で、赤鼻のトナカイを思わせ
るような顔になった。
 麻琴が見舞いに来た。本当は、学校からのプリントを届けに来たようだったんだけ
ど。麻琴は珍しく不安
そうな顔を見せた。そして、初めて俺の前で泣いた。
 俺の布団に顔を埋め、子供のように大声で泣いた。母さんも驚いて駆けつけて、病
人である俺の部屋は、大騒ぎになった。
 母さんはなんとか麻琴を宥め、俺の部屋から微笑しながら立ち去った。俺も、麻琴
を慰めた。
麻琴は、すぐに笑顔に戻ってくれた。俺も安心して、母さんが置いて行ったウサギ型
リンゴを頬張った。熱はとっくに下がっていた。
 麻琴はふいに窓の外を眺め、また言った。

「雪が降るから、温まろう」

 麻琴は手を差し出した。俺もつられて、冷え切った右手を差し出した。麻琴は俺の
手をしっかりと、握った。
緊張した。女の子と手を繋ぐのは初めてだったから。俺はまた、熱が上がりそうに
なった。
 麻琴の手は暖かく、柔らかかった。心地良い感触に沈みながら外を見ると、紙ふぶ
きの様な雪が、一つ、二つと
散っていた。俺は、ゆっくりと眠った。


 今俺は、高い高いもみの木の下。そして側には、麻琴が居る。
 滝の様に降りゆく雨を見つめていたら、麻琴は言った。

「晴れるから、一緒に歩こう」

 と、雨は弱まり、さっきまで大蛇の様に渦巻いていた黒雲は裂け、ギンギンに輝く
太陽が顔を出した。
 不思議なものだ、あれからどれだけの月日が経ったのだろうか。麻琴は変わらず側
に居る。
 もみの木を離れ、並木道を歩いていると、いきなり麻琴が俺の目の前へと這い出し
た。そして、言った。

「虹が出るから、願いは叶うよね?」

 初めて、言い切らなかった。俺は勿論と、自慢げに頷いてやった。そして、

  
  憎らしいほどの笑顔で笑った。

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