ショートショートバトル 5KBのゴングショー第107戦勝者

「杏〜あんず」

達哉

 僕は、今からタイムマシンに乗る。その前に、過去の過ちを、反芻してみることに
した。
 2004年、僕は、当時付き合っていた杏という女の子と映画館へ出かけた。映画
が始まって、半時間ほどたったころ、僕は急にもよおして、トイレに立った。トイレ
の中で、高校生くらいの男が三人、少年を囲んでいる。正義感の強かった僕は、三人
に向かって行った。これが、僕の過ちだったのかもしれない。三人の注意が、僕に向
くと、少年は、要領良く出口へ走った。
「何だ?お前も俺たちに金貸してくれるのか?」憎たらしい顔の一人が、歩み寄って
きた。情けない顔の仲間が、はやしたてる。
 僕が、先に手を出して、殴り合いのケンカになった。途中、ガードマンが、用を足
しにきてケンカは止み、事情を聞くから、事務所へ来いと言われた。僕は脱け出し
て、杏の所へ走った。そして、事情を話して先に帰るよう頼んだあと、事務所へ向
かった。
事務所では、三人の造り話ばかりがまくしたてられ、僕の話はほとんど聞いてもらえ
なかった。やがてかつあげをしていた三人は帰され
「君にはもう少し話しを聞かせてもらう」
 と、警官が現れた。 
 
 こうして、僕は少年院に送られ、25歳の今に到っている。もちろん僕は、あのあ
と数週間で少年院から出て元の生活に戻ったが、杏を失ってしまった。彼女は、映画
館からの帰り道、交通事故に遭い死んだのだ。あの時、僕がそばにいれば事故は避け
られたかもしれない。
 僕は彼女との時間をとり戻す為に過去へ行くのだ。
 それぞれの搭乗者が個別の部屋へ入り、軽く注意事項言い渡された。そのあと係員
に誘導され、タイムマシンに乗り込んだ。中はゼリー状物質でおおわれている。恐ら
くワープの際の衝撃を和らげる為だろう。
しばらくたつと、係員が出発の合図を送った。先ほど言われたとおり赤いボタンを
押す。視界の物がゆっくりと歪み始め、急に身体が軋んで前後に引き伸ばされるよう
な感覚が襲った。
 気が付くとそこはかすかに見覚えのある広い空き地だった。あたりを見渡すと、映
画館への道筋がわかった。今ごろ、杏の横からは僕が消えているだろう。同じ時空に
同じ人物が二人存在することは不可能なのだ。杏は、僕がトイレにでも行ったのだと
思うに違いない。僕は急いで、杏のいる映画館へ向かった。

「ごめん、トイレに行ってた。」
「もう、勝手にいなくならないでよ」
「ごめんごめん」
 やがて映画はクライマックスにさしかかった。映画を観おわり杏を促して映画館の
外へ出た。念のため彼女の通った道とは別の道を通りたかったので、まっすぐ僕の家
へ向かうことにした。
 大通りの道を曲がると、突然、後方で大きなブレーキ音が聞こえた。振り返ると、
紫色の車体の低い車が突っ込んでくる。避ける暇もなく、僕たちは二人してその車に
撥ねられ、吹飛んだ。
「うわっ。やっちまったよ。」
 そう、いかにも憎たらしい顔の青年が吐き捨てた。
「さっき巻上げた金の祟りかなぁ。」
 情けない顔の一人がうろたえる。
「早く逃げようぜ、ヤバイよ。」
 青年は映画館で少年から巻上げた金を投げ捨て走り去った。
 僕ら二人は病院へ運ばれたが、杏は打ちどころが悪く、しばらくして息をひきとっ
た。
 
 どうやら杏はあの時、僕が起こした事件の事を僕の両親に知らせるため、映画館を
出てまっすぐ僕の家へ向かったらしい。僕は気付かず、あの時杏が通った同じ道を通
り、二人して車に撥ねられてしまったのだ。
 僕らは一緒にいられない定めだったのかも知れない。僕はその時、悲しい運命を
悟った。




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