ショートショートバトル 5KBのゴングショー第106戦勝者

「半分こ」

新間優呼

とあるレストラン、店内。
そこに一組の男女が入ってきた。
二人は窓際の空いたテーブルに座り、お互い見つめあった。
ウェイトレスにそれぞれ別のスパゲッティを注文し、しばらくして、男がなにやら笑い話のようなものを始めた。
この男女、今日が初デートという、初々しいカップルである。
やがて、二人文のスパゲッティがテーブルに並び、二人はそれを食べ始める。
すると、女のほうが男に尋ねた。
「ねぇ、それとこれ、半分ずつ交換しない?」
男は口の中のものを飲み込んでから答えた。
「え?あぁ、いいけど……」
フォークで麺をわけて、それぞれの皿にわける。
「こっちもおいしいね」
いいながら、男が微笑む。
「うん」
女が微笑みを返す。
「ごめんね、私、なんでも半分こにする癖があって……。意地汚く見えるから、治したほうがいい、って友達にも
よく言われるんだけど……」
「気にすることないよ」
男は優しくそう言った。

二人は昼食を終えると、映画館へ向かった。
入り口でポップコーンとジュースを買い、中に入る。
席につき、開演を待っていると、女が言った。
「そのジュースとこっちのコーラ、半分交換しない?」
男はうなずき、急いでジュースを半分まで飲んだ。

映画も終わり、二人は帰宅する。
男はタクシーを呼びとめ、彼女を家まで送ることにした。
女が行き先を告げると、運転手はなぜかうろたえだした。
「え?あそこですか?ここからあそこへ向かうのは……ちょっと……なんというか……」
「どうかしたんですか?」男が尋ねる。
「いえ、その……」
はっきりしない。
「ひょっとして、幽霊が出るとか言うんじゃないでしょうね」
女がおもしろがって言った。
「その……実はそうなんです」
運転手が、こちらを向きながら言った。
恐怖からか、顔が真っ青だ。
「まさか」女が驚きながら言った。「私、あそこに4年くらい住んでるけど、そんな話、聞いたこともないわ」
「えぇ、その建物自体には出ませんよ……でも……」
ごくり、とつばを飲む。
「ここからそこへ向かうまでの道で……出るんです」
運転手の「出るんです」という言葉に、男は寒気を感じた。
「いつも、後部座席にお客さんを乗せているとき、その道を通ると、それまでバックミラーに映っていたはずなのに、
いつの間にかそのひとが消えてしまっているんです」
運転手は冷や汗を流しながら言った。
「過去に3人も目の前……いや、違うな。目の後ろで消えたんです」
「途中で降りちゃったんじゃないの?」
男が意見する。
「走っている途中にですか?いくらなんでも、そんなことしてたら私だって気が付きますよ。それに、消えたお客さんの
うちの一人は、杖を持ったお年寄りの方でしたし……」
運転手の言うことが、もし本当ならば、これは紛れもなく怪談である。男はこういった類の話が苦手だった。
違う道を通るよう、女を説得してみたが、彼女は反対した。
「嫌よ。この道を通らなかったら、ぐるぅっと遠回りして帰らなきゃいけないのよ。時間の無駄だわ」
そういって聞かないので、運転手も「どうなっても知りませんよ」と、ぶつぶつ言いながら車を動かした。

さて、問題の道のところまで差しかかると、運転手はその数メートル手前でブレーキを踏んだ。
「本当に行くんですね?」
ひどくおびえた顔になっている。
頼むから行かないといってくれ、と願うような顔だ。
「えぇ。それに、ここは一方通行だから、もうユーターンして戻るわけにもいかないでしょ?」
彼女はうざったそうに答え、それを見て運転手もあきらめたようだ。
ため息を吐きながら、車を前進させた。
彼のその様子を見ていると、男のほうまで不安になってくる。
無意識のうちに両手を組み合わせ、祈りのポーズをとっていた。
そして、いよいよ問題の道の上を、タクシーがゆっくりと動いた。
途端、男はぐん、と後ろに引っ張られた。
彼の目に、氷のように透明な手が見えた。
「た、助けてくれ!」
やっとの思いで声を絞り出した。
せなかが座席の背もたれに埋まっていくのがわかる。
「え?あ……あぁっ!!」
気付いた女が、男の腕を引っ張る。
しかし、彼のからだはどんどん背もたれに飲み込まれていく。
女は考えた。
腕があるなら、顔も体もあるはずだ。無論、腕も。
ならば、話が通じるかもしれない。
男は考えた。
もう、死ぬのだ。
幽霊に連れて行かれることが、果たして死と同義なのかは不明だが、この世から存在がなくなる
ことを「死ぬ」というのならば、この現象はまさしく「死ぬ」に等しいだろう。
頭の中がぼんやりしてくる。
女がなにやらぶつぶつ独り言を言っている。
あぁ、こんなやつと出会わなければ……せめてあの運転手の話を聞いたときに、怖がって、別の道
を行こう、と言ってくれる、臆病な女だったら、こんなことにはならなかっただろうに……。
突然、からだに激痛が走り、意識が途絶えた。

「よかったわね、無事にすんで」
彼女がとなりの男に話しかける。
「私の癖が、初めて人の役に立った気がするわ」
そう誇らしげに言って見つめた先には、赤く染まった座席の上に、無造作におかれて、おびえた表情を
している彼の上半身が……。




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