ショートショートバトル 5KBのゴングショー第103戦勝者

「消えた誕生日」

トカゲヘッド

 優希のプレゼントくれくれ病には本当に参る。僕らの間には様々な記念日が設定されその度にプレゼントを要求される。クリスマスや誕生日は言うまでもなく初めてデートした記念日まである。一月に一回必ずある。もちろんそのどれを忘れたとしても大目玉を食らう。毎月やってくる記念日に合わせてプレゼントを買うのは時間的にも経済的にもとても負担が大きい。記念日にはそれぞれランクが決められていて、先に挙げた初デート記念日はBクラス―― 一万円相当の物。この辺ならまだいい。誕生日は特Sクラス(なんだそりゃ)で、五万円以上もの貢物を要求されるのだ。安月給の僕には辛い。なぜこんな優希と付き合っているか? それはもちろん可愛いからだ。顔は小作りで黒目がちの小さなちょっと垂れた眼をいつもきらきらと輝かせている。プレゼントをあげるとよりいっそうこの眼が輝きを増す。僕はそれを見たくて懲りずに彼女の所にせっせとプレゼントを運ぶんだ。ほら今日はちょうどAクラスの記念日――二人が結ばれた日だ。

「ありがとうカズ君」
 優希は嬉しそうに言って上目使いに僕を見た。この眼に弱い。優希の手にはCORCHのハンドバック。Aクラスだから四万円相当のものだ。このベトナム料理のお店サイゴンのメコンセットが八千円。リバイバル上映してたニューシネマパラダイスのチケット代が二人で三千六百円。しめて五万六百円なり。チーン。しかも来月は特Sクラスの誕生日が待っているのだ。これは辛い。でも大丈夫。今回は作戦があるんだ。
「ユウ。この後どうする? よかったら僕の部屋に来ない?」
「うん、いいよ」
 二人が結ばれた記念日だからね。やっぱり再現しなくちゃね。うひひ。でも僕の狙いは別の所にあった。簡単に言うと優希の記憶から来月の誕生日を消してしまうってこと。手段は催眠術だ。『初めての催眠術』って本で勉強した。若干の不安はあるけど試してみない手はない。特Sクラスの誕生日を忘れさせることが出来れば十万は浮く。これは大きい。
 僕らは早速、二人の愛の巣(予定)に帰って、再現(うひひ)を終えた。優希はすっかりリラックスして裸のまんま寝転がってウトウトとテレビを見ていた。そう、このリラックスムードが催眠術には大切なのだ。それから優希を適当に言いくるめて、さて催眠術をかけようって運びとなった。無論、優希には誕生日を消そうなんて企んでいることは内緒。内緒中の内緒。ばれたら死刑。
「さあ、この五円玉を見て」
 糸でぶら下げた五円玉を右手で持って二人の顔の間でブラブラと揺らす。すぐにトロンとした目つきになる優希。彼女はこう見えても素直な性格なんだ。左右に行ったり来たりする五円玉を眺めていると僕までなんだか眠くなってきた。いかんいかん。使命を忘れるな。左手で足をギュッとつねって頭をしゃっきりさせる。
「……目をつぶって」
 まずは目が開かなくなる暗示。催眠術は段階を追って進んで行かなければならない。本の受け売りだ。優希のまぶたを人差し指と親指で軽く押さえる。そのままの姿勢でしばらくジッとする―― 頃合かな。
「この手を離しても、君の目は開かなくなーる」
 ソロリとまぶたから手を離す。
「どう?」
 緊張の一瞬だ。
「あー、ホントに開かない。あれえ、おかしいな。きゃあ、びっくり」
 いや驚いた。本当にかかった。こりゃあびっくり。
 その後も二人で色々試した。腕が上がらなくなるとか、キスしたくて堪らなくなるとか、放送禁止用語しか口に出せなくなるとか、自分の名前を思い出せなくなるとか、優希は面白いように全ての暗示にかかった。ホントに素直なやつ。最後の暗示はもちろんこれ。

「君は自分の誕生日を忘れてしまーう」

 トランス状態から回復しても、暗示が続くことと言い添えるのも忘れなかった。ポンと手を叩く。
「……あれ。なにかとっても大事なことを忘れてしまった気がする。なんだったかな?」
 完全には忘れてないらしい。油断ならんやつだ。優希の誕生日への執着はかくも強いものなのか?
「き、気のせいだよ。ちゃんと催眠術は解いたし」
 
 優希の誕生日は今日からちょうど一ヵ月後の九月三十日。本格的な秋の訪れのぎりぎり一歩手前。いつ優希が誕生日を思い出すか戦々恐々としてこの期間を過ごした。催眠術は驚くべき忍耐で優希の記念日に伴う物欲を抑えてくれた。ナイス催眠術。
 で、当日。優希にはできるだけ会いたくなかったんだけど、彼女がどうしても会いたいっていうから仕方なしにOKした。  
 会うなり優希は切り出した。
「ねえ、今日なにかめでたい日なの?」
 ぎくっとした。
「え、なぜ? 別に普通の日だと思うけどなあ」
 優希よ許せ。
「だってみんながおめでとうって言うの」
「う、うーん。僕には分からないなあ」
「ふーん、まあいいや。今日は特Sの記念日にするわ。だって記念日が一個足りないもの」
「そ、そんな馬鹿な――」
「もう決めたの。ねえ何買ってくれる」
 そう言う優希の瞳は今まで見たこともないくらいキラキラと輝いていた。


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