ショートショートバトル 5KBのゴングショー第10戦勝者

「 退化? 進化?」

Motty

「私は吸血鬼なの」
 彼女はそう言って僕が煎れたコーヒーに口を付けた。そしてため息をつくと、首に
かかったロザリオを神経質そうにいじりながら言葉を続けた。
「正確に言うと吸血鬼の祖父母をもった吸血鬼のなりそこないね。私は人の血は吸わ
ないし、十字架だって平気よ。ただ役に立たない歯が残って、時折意味もなく無性に
人の血が欲しくなるだけの潜在的な吸血鬼....そうじゃないわね...退化した吸血鬼っ
て言うのかしら?」
「それはどうだろう?」
 僕は答える。
「逆に言うとそれは進化したのかもしれないじゃない? いいかい、世間一般では吸
血鬼は悪者で駆除される立場じゃないか? でも吸血鬼側としては何としても生き残
りたかった。言い替えれば吸血鬼を吸血鬼たらしめる遺伝子は何としても生き残ろう
とした...リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」なんて学説があったよね。
そう、極論を言うと君の場合は-人間に擬態した-って事じゃない?」
「そうなのかしら?」
 彼女はロザリオを僕に手渡すと、不思議なモノを見るような目で僕を見つめた。
「物の見方の問題だよ。結局物事を判断するには相対化して考えるしかないんだ、基
準の問題だね。「能力を失った事」を「本来の吸血鬼の能力」から評価するならそれ
は退化って事になるよね? でも、人間社会において「生きる」「生き残ってゆく」
事に焦点を合わせたらそれは立派な進化じゃないか?、洗練されたと言ってもいいん
じゃない?」

 彼女は自分の首筋を右手でなぞるとその手の平をじっと見つめる。首筋に穿たれた
2つの小さな穴から流れ出る血が、彼女の右手をルビーの色に染めていた。
   

 ロザリオは記憶を忘れた宝石のように僕の手のひらの上で鈍い光を放っている。


「あなたはどちら側なのかしら?」


「君は...どう思う?」

 僕は微笑んだ。

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