★私立探偵鮫島吾郎★(1/2)

鮫島はピンチだった。
しまった。やはり昨日の夜スイカを食べ過ぎたか。そう言えばスイカの前に天ぷらを山ほど食べたのがいけなかったか。それにしてもあの穴子は美味かった。
昨夜、鮫島は常連の依頼人である消費者金融山源の社長に呼び出された。報酬をいつも、「端数は切り捨てろ。本当の男ならそうするもんだ」とか言って人の金のせいか、町金の親父にあるまじきアバウトな理由で値切る社長が、いつになく気前よく屋形船なんか出してくれて、その上コンパニオン呼んで大騒ぎ。江戸前の天ぷらがこれまた美味くてついつい食べ過ぎてしまったのだった。お土産によく冷えたスイカを一個もらったのだが、鮫島のションベン臭い新宿のボロ雑居ビルの事務所兼住居の冷蔵庫はあいにく三週間前に壊れてしまっていた。それで無理して一個まるまる食べてしまったのが、やはりそれがいけなかったのだろう。昔の人の知恵は聞いておくものだ。しかし後悔しても遅かった。
 今、鮫島は山源の社長の依頼にもとづきある女性を尾行している最中だった。年の頃は二〇前後。そのすらりとしたしなやかな身体の持ち主は目的地に向かって足早に歩いていた。山源の愛人だが他に男がいるのではないかと親父は疑っている。
 きっと男に会いに行くに違いない。長年培った職業的感がそう告げている。ここで見失うわけにはいかない。だが、しかしもう私の肛門括約筋は限界にきている。こんな所で漏らしたらいつもダンディな私立探偵で通っている私の面目丸つぶれだ。
鮫島は額に汗をにじませ、腰を妙な角度で右に左によじらせながら女性の後をなんとか付いていっていた。だが、便意をこらえながら歩く鮫島の視界から徐々に女性は消えていきつつあった。幼児がそんな鮫島のことを「あ〜」とよだれを垂らしながら指さしていたが、母親が怪しい人間と関わり合いになっては困ると、その子を抱え上げて離れていった。だが、そんな事は鮫島の知る由ではなかった。
むむむ、もう追いつけない。まぁ今日じゃなくてもまたチャンスはあるさ。今はまずトイレに行かなくては……。
鮫島は目に付いたファストフード店に駆け込んだ。店員が鮫島に向かって「いらっしゃいませご注文をどうぞ!!」と営業スマイル、スマイル。鮫島は思った。スマイルは無料というがハンバーガー代に当然バイトの賃金も含まれてるはずなのに何がスマイルは無料だ。これは一種の欺瞞だ。
しかし今はそんなトイレットペーパーの代わりにすらならないことを考えている場合ではなかった。鮫島は店の隅のトイレに急行した。
しかしあいにく店のトイレは清掃中だった。これで苦しみから開放されると少し気が緩んだせいで、尻の穴も緩みかけていた鮫島には非常に厳しいものだった。
ぎゅるるるるるる。
鮫島の腹が鳴った。もう限界か。しかし鮫島は不屈の闘志で便意と戦い次なるトイレを探しに旅立った。

続き


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