★10分間の孤独★

そよ風の代わりに開け放たれた窓から入ってきたのはミンミンゼミの鳴き声だった。「もう全部いやんなちゃったよぉ」というようなミ〜ンミンミンミ〜ンという声は一層暑さを感じさせる。
この築後二〇年の古い木造アパートには当然の事ながらエアコンがない。まぁお金を出してつければ別だが、あいにくボクは貧乏だ。それにボクは元々クーラーが嫌いだ。暑いからこそ夏なんだと思う。
スパゲティをゆがくのは孤独をゆがくのと同じだというようなことを、村上春樹は短編の中で言ってる。ボクは今、麻衣子の分もスパゲティをゆがいている。だから孤独をゆがく、という言い方は当てはまらいだろう。
スパゲティをゆがく間にソースの準備をする。フライパンにオリーブオイルを入れて熱し、そこに短冊切りにしておいたベーコンと微塵切りのニンニクを入れて炒める。程よく炒めたところで冷ましておいたコンソメスープを少量入れる。そこに卵の黄身と生クリームを加えてよく混ぜ合わせる。これで準備OKだ。
「ねぇまだなのぉ?」
隣の六畳間で扇風機を独占している麻衣子がミンミンゼミのように言った。中古で買った旧式のやつを抱きかかえるようにしている。ボクはグラグラと煮立っている鍋の側にいるというのに。
「あと一分三〇秒」
ボクはキッチン・タイマーで確認しながら応えた。ソースを絡める時間も考えて、きっかり十分ゆがくとアルデンテに仕上がるはずだ。
「パスタって時間がかかるからあまり好きじゃないわ」
顔を扇風機に近づけてそう言った麻衣子の声は、回転する羽根にあたって細かく震えていた。
「じゃあ何がいいの」
ボクは額に滲んだ汗を手の甲で拭う。
「そうめん」
「でもそうめんじゃカルボナーラは出来ないだろう?」
「でも今日みたいに暑いと、あまりごってりしてない方がいいわ」
やはり孤独をゆがいていたようだ。 


トップへ戻る この小説の感想をお聞かせください。一言だけでもけっこうなので、お気軽に。 オススメの100冊
Copyright© 1991-2005 S.Narumi All Rights Reserved