★大凶★(4/4)

「……わ、わかりました」
「跪いてくれんかね」
「はい」
俺は親父さんの前に跪いた。
「歯を食いしばれ!!」
「はい!!」
「行くぞ!!」
その一瞬後、激しい衝撃をアゴに受けて、そして世界は暗転した。

「大丈夫?」
弘美が俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。
アゴがガクガクして言葉が形にならない。
俺は右手の人差し指と親指で丸を作ってそれにこたえた。
そして何か書くものはないかと弘美にジェスチャーで伝えた。
弘美は電話の横のメモとボールペンを俺に手渡した。
俺はそこに
『親父さんたちは?』
と書いた。
「もう帰ったわ」
『親父さんは俺たちのことを許してくれたのかな?』
「たぶん」
『ホントに? 弘美の結婚にあんなに反対してる感じだったのに』
「大丈夫よ。ニンチテキフキョウワの解消が行われたと思うから」
『何? 妊娠不妊?』
弘美はメモ帳をとって『認知的不協和』と書いた。
「人は認知的要素の間に不一致があるとそれを解消しようとするの」
『良くわかんないな』
「例えば、タバコは体に良くないとは分かっていても止められない時、タバコは痩せる効果があるからダイエット代わりだ、だから吸ってもいいのだ、とか思うような行動のこと」
そう言って弘美は少し間をおいてから続けた。
「自分で言うのもなんだけど、お父さんは私のことを目に入れても痛くないぐらいに可愛がってるから、私の結婚に反対すると、弘美が可愛いというのと、弘美が結婚するのは許せないと言う感情の間に不一致が出来るのでそれを解消しようとして、結局結婚を許したってわけ」
なんだかよく分からないが弘美の親父さんはあの一発で許してくれたということなんだろう。
『まぁなにわともあれ、めでたしめでたしだな』
「そうね」
そう言って弘美はまたいたずらっぽく笑った。
『一体、今度は何を企んでるんだよ』
「別に〜」
これからもことある毎に弘美の手のひらの上で踊らされる孫悟空のような役回りを俺はし続けることになるのか、と思いつつも、弘美のあの笑顔が結構好きな俺だった。
二〇〇三年、人生の新しいステージの始まりだ。が、おみくじの大凶って……。

リビングでミカンを食べつつ正月番組を見ていると
「そうそう、タケシ、これ書いてくれる?」
そう言って弘美が出してきたのは生命保険の申込書だった。なんか死亡保険金が一億五千万とか言うものだった。保険料もバカ高。保険金受取人氏名を見ると弘美の名前が既に書いてあって、続柄は「妻」となっていた。
俺が目を上げて弘美の顔を見ると目がまた妖しく笑っていた。
もしかして今年は人生のファイナルステージかも。やっぱり大凶?


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